私のうつ病体験談 (第4回) – 20代・30代をうつ病者として過ごして

私のうつ病体験談、第4回です。第1回の記事はこちらにあります。

2社目での適応と音楽との出会い

29歳の頃、私は再び名古屋市内に引っ越し、工場などで使用される品質検査システムを製作している中小企業へと入社しました。ここへの就職はある意味で成功でした。小さな会社というのは、分業がしっかりされておらずなんでも自分でやらないといけないものですが、その分仕事のやり方については自己流で融通が利きます。

結局、私はこの会社で約3年弱、うつ病による休職をせずに働くことができました。これまでで健康に働けた期間としては最長記録です。仕事は大変なこともありましたが、やりがいも持って当たることができました。

大きかったのが、この29歳の頃に私はアイルランド音楽と出会い、コンサーティーナという楽器を始めたということです。音楽の世界には会社などでは出会えない、「ちょっと変わった人」がたくさんいました。それが個性として受け入れられているのです。

私は毎日、楽器を入れたカバンを会社に持っていくようになりました。仕事が終わったあと、夜の公園で楽器を練習するのです。楽器関係では初めて本当の友達と呼べるような関係もできました。そこそこやりがいのある仕事、音楽の楽しみ、友達との付き合い。この時期は私の人生の中で最も幸せだった一時期だと言えます。

再びの退職と大学生活

この会社で働いたのを「約3年弱」と書きました。そうです、約3年弱ののち、私のうつ病は再び発症してしまったのです。今回は中小企業で、休職制度などもありません。私はやむを得ず退職することとなりました。

この頃には私は、システムエンジニアとして働いていくこと、会社員として働いていくということに対して、かなり絶望するようになっていました。今度こそうまくやれると思ったのに、またダメだったのです。

私は人生の方向転換を考え始めます。退職後すぐ、私は福祉系の通信制の大学に編入学しました。また当面の間は療養生活になりますが、何かやることが欲しかったからです。私は以前から社会福祉の分野に興味を持っていましたので、しばらく福祉の勉強をしながら人生について考えようと思ったのです。

社会福祉の勉強は楽しかったです。私は勉強そのものは好きなのです。3年生として編入学しましたが、勉強に専念できたので、1年と数ヶ月で卒業までの単位をすべて取得することができました。

今回の記事はここまでです。第5回に続きます。