障害者はなぜ存在するのか – 遺伝子のいたずらを考える

障害というものは、なくて済むならばないほうがよいに決まっているものです。しかし、現実の世の中には障害者という人たちが存在しています。

障害者はなぜ存在するのでしょうか。そして障害というものが存在する意味は何なのでしょうか。今回はその辺りについて考えてみたいと思います。

最初に明らかにすべきこと

まず、私は神様というものの存在を仮定しないで考えることにします。この世は不公平と理不尽で満ちています。もしこの世に全能の神がいて、この世をこの世のままで放置しているとすれば、ちょっとどうにかしてる人物であるに違いありません。あるいは、よっぽど忙しいのでしょうか。

昔の哲学者は「全能の神は自分でも持ち上げられない重量の石を創造できるのか」なんていうパラドックスを考えたそうですね。これはこれで面白い話です。まあ、神様については話の本筋ではないので、これくらいにしておきます。

この世に私たちが存在しているのは何かの偶然です。何かの偶然で宇宙が生まれ、何かの偶然で地球が生まれ、生命が生まれました。そして私たち人間に自我というものが宿ったのも、進化というものの何かの偶然でしょう。

たまたま環境に適応したものが生き残った結果、現在の人類や、その他諸々の生き物たちが存在することになったわけです。

今、さらっと重要なことを言いました。「環境に適応したものが生き残った結果」。実は障害というものを考えるとき、この点が重要になってきます。一体どういうことなのでしょうか。

遺伝的アルゴリズム

筆者はコンピュータの技術者なので、ここで遺伝的アルゴリズムというものを紹介することにしましょう。アルゴリズムとは、問題を解決するための手続きのことです。

遺伝的アルゴリズムは、大まかに言えば以下のような方法で、特定の問題に対する解答を見つけます。(ここでは学術的な厳密さを求めていないので、だいたいのイメージということでご容赦ください。)

  1. あるランダムな性質を持った個体たちを初期値として用意し、現世代とする。
  2. 現世代の個体たちをもとに、次世代の個体を作成する。次世代の個体たちは、それぞれ一定の確率で、現世代の個体をそのままコピーしたもの、現世代の複数の個体を交配したもの、現世代の個体の一部を突然変異させたもの、のどれかになるものとする。
  3. 次世代の個体の中から、環境への適応度(スコア)の高い個体をいくつか選び、新たな現世代とする。
  4. 2と3の手順を一定回数繰り返し、最終的に最も適応度の高かった個体をとする。

これだけでは分かりにくいと思うので、キリンの例を出すとしましょう。首の長い、動物園にいるあのキリンです。キリンの首がまだ短かった頃を考えて、それがどのようにして長くなっていったのかを考えてみましょう。

キリンの首が長くなったわけ

キリンの子どもは、親と比べるとどのような性質を持っているでしょうか。基本的には、先に述べた遺伝的アルゴリズムでいう交配の結果でしょう。オスの親とメスの親の性質を合わせ持って生まれてくるはずです。

そしてオスの親とメスの親で大きな性質の違いはおそらくないでしょうから、子のキリンの持つほとんどの性質はコピーに近いものとなっているはずです。

しかし、ここで突然変異というものを考える必要があります。キリンの子には、ときどきしっぽが微妙に長い個体や、首が微妙に長い個体が生まれてくるのです。もちろんその逆に、しっぽが微妙に短い個体や、首が微妙に短い個体も生まれてきます。

さて、環境への適応というものを考えたときに、次世代に生き残るキリンはどのようなものになるでしょうか。キリンは高い場所に生えた木の葉っぱを食べる生き物です。生き残りやすい個体はおそらく、首が微妙に長い個体のほうでしょう。首が長いほうが、食料をより多く摂取できる機会に恵まれるからです。

しっぽの長さについてはどうでしょうか。おそらく極端に長くなったり短くなったりすることが環境への適応という面で意味を持つことはないでしょうから、これはキリンの生き残りの確率にはあまり関係がないでしょう。話を首の長さのほうへ戻します。

首が微妙に長い個体のキリンは、そうでないキリンよりも多くの子孫を残す可能性が高くなります。そして徐々に増えていく「首が微妙に長い個体」は、突然変異でさらに首が長い個体を生み出す可能性があります。「さらに首が長い個体」は、以前の個体よりもさらに生き残る確率が高くなるでしょう。

こうして、「首が微妙に長くなる」という突然変異による性質は、世代を通じて積み重ねられていきます。以上に述べたようなものが、キリンの首が長くなっていった過程です。

なぜ障害が発生するのか

さて、遺伝的アルゴリズムの興味深いところは、事前に答えが分かっていないにも関わらず、たまたま答えに近かった個体が生き残ることで真の答えにたどり着くという点です。

遺伝子は真の答えを知りません。これが障害というものが生まれてくる理由です

キリンの生き残りを左右するのがしっぽの長さなのか首の長さなのか、あるいは全然別の性質の有無なのか、遺伝子は何も知りません。遺伝子は気まぐれにコピーと交配と突然変異を繰り返すだけなのです。

さきほどキリンには、首が微妙に短い個体も生まれると述べました。突然変異は環境に適応する上でまずい方向へ傾くこともあるのです。障害というのは、たまたまその人という個体が持ってしまった性質の中で、環境に対してまずい方向へ傾いてしまった性質のことを指すのです。

突然変異の過程では、首の長さといった「量」で測れる変化の他に、ある機能そのものがバッサリと削られてしまうこともあります。それも特定のケースでは環境への適応で有利に働くことがあるからです。たとえば、しっぽがなくなることによって捕食者から捕まりにくくなった種類の生き物もいるかもしれません。しかし、視力がなくなるというケースでは、ほとんどの生き物にとって生存に対して不利に働くでしょう。

障害とは、そうした突然変異のいたずらによってたまたま引き起こされたものなのです。われわれは障害のない生き物になることはできません。これは生き物が環境に適応して生き延びていく上で、どうしても必要なシステムなのです。

おわりに

障害というものについて、普段と少し違った角度から理解することができたでしょうか。

冒頭に述べたとおり、障害というものはなければないに越したことはないものです。しかし、私たちはそれと付き合っていく必要があります。

本文中では、私はあえて感情を排してコンピュータのアルゴリズムの話を出しました。しかし、私の望むところは、すべての障害者にとってやさしい社会となることであるということを最後に述べておきたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。