30代の折り返し地点を迎えてみて

私は今、ちょうど35歳の春にいます。30代の折り返し地点を迎えてみて、考えたことなどをつらつらと書いてみます。

棒ほど願って針ほど叶う

あなたは小さい頃、自分が三十何歳になるだなんてことを想像したことがありましたか。あの頃は20歳の人ならお兄さんやお姉さん、30歳を過ぎた人ならみんなおじさんやおばさんでしたね。私は自分がおじさんやおばさんと呼ばれる年齢になったということが、いまだに少し信じられない思いでいます。

私は過去に「私のうつ病体験談 – 20代・30代をうつ病者として過ごして」という記事を書きました。私の人生は長い間、うつ病という灰色の雲に覆われていました。私は新卒で就職した会社にエンジニアとして入ったとき、さあこれから私の人生が始まるんだと思っていました。

実際に、私の人生は始まりました。それは繰り返される挫折と苦しみでした。私は「棒ほど願って針ほど叶う」ということわざを思い出します。私にとって人生はまさにそのようなものでした。

得たものと失ったもの

私が得たものは何だったのでしょうか。ものを書くということは、私がいつの間にか身につけたスキルのうちの一つです。私は10代の頃にインターネットの世界に出会いました。不登校だった私はそこが生活の中心になりましたから、話し言葉よりも先に書き言葉でのコミュニケーションを覚えたのだと思います。

実際には、言葉というのは無力なものでもあります。私は20代の頃、鈴木大拙やクリシュナムルティといった人たちの思想に触れました。そこでは言葉は事実ではないという単純な事実が指摘されていました。

30代に入って、私は手痛いひとつの別れを経験しました。私の人間性もコミュニケーションも、まだ穴だらけのものであるということを知りました。これは大変に苦しい経験でした。しかし全体として言えば、私は言葉というものに救われてきたほうだと思います。

財産

楽器を弾くということは私が得たものの一つです。20代の終わりの頃、私はコンサーティーナという楽器とアイルランド伝統音楽に出会いました。私が本当に生きているという実感と、本当の友達というものに出会えたのは音楽のおかげです。

20代の頃、私の人生はばらばらなエピソードの断片でした。私の人生にはストーリーがない、と感じていました。私の人生にストーリーができ始めたのは、楽器とそれに関わる人々に出会ってからです。

人間は他者と出会ったときに初めて人間になれるのだと思います。私が本当の意味で他者と関わるようになったのは、20代も終わりになってからのことだったのです。まったく遅い成長だったと思います。

もっと上手に生きる方法はあったのでしょうか。分かりません。ただ、私はベストを尽くしたと思います。

今後

最初に書いたように、私はうつ病という病気を今も抱えています。今後の人生はまったく不透明なものです。私は健康に働いていくことができるのでしょうか。

私は今も迷子の大人です。エンジニアという職業を選んだことも、これでよかったのかと疑問に襲われることが多々あります。それでも私は、何らかの方法で生きていかなければなりません。

うまくいっているとはとても言い難い人生ですが、不思議と後悔というものはありません。

私は私にできる人生を全うします。残りの人生がより良きものとなることを祈りつつ、この記事を閉じたいと思います。