女性としか仲良くなれない

昔からちょっと困ってることがあって、私は同性であるところの男性とあまり仲良くなれない。

もちろん、普通に話せたりはする。2015年にアイルランド音楽とコンサーティーナという楽器を始めてからは、親しい友達から顔見知り程度の人まで、日常的に付き合う相手はどんどん増えていった。それ以前の私には友達と呼べる人間が全然いなかったという話は、noteの「友達ってサイコー、友達を増やしてウキウキ人生を送ろう (2023.11.17)」でも少し触れた。

楽器仲間やアイリッシュパブに来る人というのは、特に男女の偏りはなく、そこで会えるのは男性女性が半々くらいだ。だから、外でそこそこよく話す男性の仲間というのも多少はいる。同じ音楽、同じ楽器をやっていて、無言の連帯感を持っている(そしておそらく相手も同じように感じてくれている)という人はいる。それでも、自分からマメに携帯で連絡を取ったり、ふたりだけで遊ぼうというような話が出る同性の友達というのはひとりもいない。

わりとしょうもない理由なんだけど、私の中には「男性と仲良くしたい」という欲求があまりないんだと思う。人間的に面白い人は、男女を問わずたくさんいる。でも、相手が男性だと、その面白さというのは離れたところから見るものであって、自分が親しくなりたいとはそんなに思わないのである。

女性には惹かれるし、仲良くなりたいと思う。私は元々、恋愛感情がかなり薄いほうだ。私の恋愛の志向は普通に女性である。ただ、私が人を好きになるというときはだいたいが人間的な面に対するもので、恋愛感情が発動するということはほとんどない。女性と交際した経験はそれなりにあるにしても、今まで心の底から真剣に恋に落ちたことがあったかというと、それは怪しいと感じる。まあ、それはそれとして、私は女性という存在が好きだし、社会の中でいろいろ大変なことがあると知っていても、自分も女性に生まれたかったなとちょっと思ったりもする。

そういえば、10代の頃から最近に至るまで、私のことを面白がって仲良くしてくれる人というのは、そのほとんどが年上だった。5つとか10とか、あるいはもっと上の人たちだ。noteに書いた「会社で隣の席だった子が大切な友達になった話 (2023.11.26)」に出てくるAちゃんは4つ下だから、私にとっては珍しい友達の例だと言える。

同年代で同性の友達がいない。これはどういうことだろう。たぶん、これからもできないと思う。別に困ってはないし、何かを悲観する話でもないけど、私の中に「同質な群れ」として他人と付き合う能力が存在していないということを裏づけているような気がしてる。

それはもうしょうがないから、今の私のことを大切にしてくれる人たちを、私もずっと大切にしていきたいなと思う。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: