人と接するときに、すごく気をつけていることがある。それは、相手がこちらに対して、自発的に何かアクションを起こしてくれているかどうか。
たとえば、向こうから話しかけてくれたり、連絡をくれたり、食事や遊びに誘ってくれたりするか。携帯でメッセージをやりとりするときに、本来の用件以外のどうでもいい話を出してくれるか。SNSなら、単にいいねをくれたり、たまに向こうから話しかけてくれたりするか。私は自分が人の気持ちを全然察知できないっていうことを自覚してるから、この点は相手との距離感や関係性を判断するための基準として、いつも注意している。
こちらから積極的に話しかけたときに愛想よく対応してくれたとしても、それは安心材料にはならない。いい大人なら、相手のことをさほど好きじゃなかったり、関心が薄かったとしても、あからさまに邪険にしたりはしないから。だから、私は相手のほうからこちらを向いてくれるということを見逃さないようにする。具体的な用事があるときと、利害と意図に基づいた接待みたいな場合を除けば、人は好きでもない誰かにわざわざ話しかけたりはしない。
相手が自分のことを好きなのかどうか、勘違いしたくない。
ごくたまに、付き合いが長くてかなり深く信頼してるケースで、こちらから話しかけてばかりだなっていう相手もいることはいる。人と人との関係は、常に綺麗な左右対称みたいになっているわけではないし、文字のやりとりやマメな連絡がどうしても苦手なのだという人もいる。ただ、これは数少ない例外で、普通は怖くてできない。こちらの気持ちが一方通行だなって感じたら、少なくとも私はそこで諦めて、連絡を控える。
SNSでのゆるい繋がりから真剣な恋愛まで、片想いなんてありふれてる。一致するほうが珍しいんだ。こちらのことに関心がない人に、こっちを見ろなんて言えない。誰だってそんなこと言われたくないし、人にそんなことを言う権利なんてない。だからこそ、人間関係って難しいし、仮にこちらに関心を向けて、心を開いてくれる人がいるとしたら、その事実を当たり前と思ったらいけないなと思う。両想い的な状態になっているのは、奇跡みたいなものだから。
人生は有限だから、振り向いてくれない人にいつまでも構ってる暇はない。
最後に、これを読んで誤解しないでほしいのだけど、私も相手のことをなんとなく好ましく感じてはいるけど、こちらから具体的なアクションを起こせていないなという人もちらほら思い浮かぶ。SNSによるいいねは比較的気軽だけど、全員に送れているわけではないし、そもそもSNSで繋がっていない人にはこういう気軽なリアクションは返せない。だからこの指針も、万能な判断基準ではないと思う。
それでも、もし自分が好ましく感じている相手に対して、あまり自発的にアクションを出せていないなって感じたら、そういう誤解をされる可能性があることは常に意識していてほしいと思う。言葉で言わなければ、行動で表さなければ、気持ちが伝わることは決してない。
人と関わることは怖い。正直な自分を見せるのは怖い。人に近づこうとすると足が震える。口にしないだけで、周りの人も同じように感じているのかもしれない。だから、私は私が大切に思っている人たち、そして私のことを大切に思ってくれる人たちを大切にしたい。その奇跡を当たり前だと思ったらいけないから。