バイトの時給はなぜ安いのか

飲食店で慌ただしく1時間も働いて、ようやく得られた1,000円という金額も、同じ場所でお酒を飲めば一瞬で消えてしまいます。私自身はこうした場所でのアルバイトの経験はないのですが、これが同じ金額であるという事実を実感するのは、かなり奇妙な感覚なのではないかと想像します。本部で机に向かっている偉い人よりも、現場で忙しく働いている人のほうが取り分が低いというのは、どうしてなのでしょうか。

このような状況が発生する背景には、少なくとも現代の産業において「何をどうするのか考えて、判断して、その結果に対してリスクを引き受ける」ということは、実際にそれを実行することよりも難しく、価値のあることだとされているという事実があります。よく「9割以上の企業は10年以内に倒産する」と言われるように、ほとんどのビジネスは成功しません。採算の合う商売というのは稀です。正社員であれアルバイトであれ、それは「既に成功したビジネスにあとから乗っかっている」という状態なので、分け前が少なくなってしまうのは仕方がないことなんです。

そこで「文句があるなら起業して自分でやってみたら?」という声が飛んできます。これは「誰のおかげで食わせてもらってると思ってるんだ!」みたいに聞こえますね。実際、資本主義の社会は明らかに持つ者と持たざる者に分かれているので、親であるという立場で発言を正当化するのと同じく、これが暴論だというのはある程度まで当たっています。

しかし、もしあなたが突然、顔も知らない遠い親戚の遺産を相続することになって、たとえば2,000万円という金額を手にすることになったらどうでしょう? 2,000万円というのは、一生遊んで暮らすには全然十分でないですが、何か会社を起こしたりお店を始めたりするための開業資金としては、十分な力を持っている金額です。そしてこれは、あなたの人生計画には含まれていなかった予定外の収入なので、最悪失っても痛くないお金であるはずです。これは大きなリスクを負うことなく、人生を変えるチャンスになり得ます。

でも、こういう幸運に恵まれたとしても、ほとんどの人は踏み出すことができないのではないでしょうか。仮にやったとしても、成功する人はほんのわずかという結果になるはずです。ここには「言うことに比べて、やることはずっと難しい」という事実があります。

空からお金が降ってきたり、道端にお金が落ちているということはないので、やっぱり地道に頑張るしかないんですね。社会の仕組みを疑うとか、もっと効率のいい抜け道を探すとか、そういう視点もときには必要ではあります。一方で、文句を言わずに現実は現実として受け入れるという姿勢も必要です。

どっかに5億円落ちてねえかな〜と思いつつ、私も毎日頑張っています。

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