わくわくインターネットは永遠に

「昔はよかった」というのは、はっきりとした間違いだと感じます。ワイドショーの報道とは裏腹に、統計を見れば凶悪犯罪は減っているし、日常生活に目を向ければ、おいしいものを手軽に食べられる機会はどんどん増えています。音楽に漫画に映画など、王族でも貴族でもない普通の人間に手に入るコンテンツが無限にあり、それは今現在も増え続ける一方です。

日本においては、昭和の終わりから平成の初頭にかけてバブル景気というものがありました。これに関しては、私の世代やもっと下の世代では物心ついた頃から現在までずーっと不景気だと言われていて、景気がいいという世界をそもそも見たことがないので、現実感を持って羨んだりする話ではなくなっているような気がします。人は隣人を妬むことはあっても、おとぎ話を求めて苦悩するようなことはないですからね。

私が現代に生まれて本当によかったなと感じるのが、インターネットの存在です。私の世代では既に10代からインターネットがあったので、厳密には、私はそれがない時代を知りません。ネットの発展以前に人がどうやって調べ物をしていたのかとか、どのように商業を回していたのかだとか、人間関係を維持していたのかというのは、私には想像できない世界です。

10代の頃の私を支えたのはネット上の人間関係でしたし、プログラミングを独学で身につけて新卒でシステムエンジニアになるというのも、ネットがなければ起こり得ませんでした。仕事で体調を崩して、家にこもっていたときに私に寄り添ってくれたのもインターネットの人たちです。私が今、真剣に取り組んでいる「文章を書く」という行為の主戦場はインターネットです。つまり、私の人生はインターネットでできています。10代から現在までずっとそうなんです。すごいですね。

ネット社会もスマホ社会もいろいろ弊害はあると思います。ただ、それは包丁も自転車も使い方次第で危なくはなるよねみたいな話で、便利な道具には必ずつきまとう話です。包丁や自転車は、生活上の実用的な道具であると同時に、趣味的な料理やサイクリングといった人生を豊かにする行動にも使うことができますね。インターネットは人間関係の場であり、表現の道具です。人と繋がることや、自分らしく何かをやることというのは、人間にとって最も大きな喜びの源泉になります。歴史上、人にここまで直接的な幸せをもたらす道具が出現したことって、あまりないのではないでしょうか。

インターネットの世界には、よいものも悪いものもあります。これは現実の社会と同じです。幸せに生きるコツは、自分が好意や関心を感じるものに意識のフォーカスを合わせるということです。暗いニュースやゴシップなんか検索してないで、自分が好きだなと感じられる人を見つけて、そうした人たちと繋がりましょう。好きなことを受け取って、好きなことを表現しましょう。

インターネットはあなたの可能性を解放する道具です。もはやそれは、アーティストや表現者と呼ばれる一握りの人たちにだけ許された特権ではありません。楽しみましょう。

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