小山田壮平 – THE TRAVELING LIFE (2020)

andymori や AL での活躍で知られる小山田壮平の初のソロアルバム。これは名盤です。個人的には2020年のベストアルバムでした。

レコーディングメンバーですが、まずベースはヒロシこと藤原寛。andymori時代といいALといいずっと一緒ですね、この人たち。また Gateballers というバンドからギターの濱野夏椰、ドラムスの久富奈良が参加しています。気心の知れた仲の4人での演奏となったそうです。

ALでツインボーカルを取っているシンガーソングライターの長澤知之は本作では参加していないため、久々に小山田くんのカラーが強い作品となっています。ALでは「心の中の色紙」(2016)、「NOW PLAYING」(2018)と立て続けに名盤がリリースされましたが、本作もそれに負けない作品となっていると思います。

それと面白いところでは、Tr.2の「旅に出るならどこまでも」で、アイルランド音楽界では有名なフルート奏者の豊田耕三さんがティンホイッスルで参加していますね。意外です。

ソングライティングの能力は相変わらず抜群で、歌詞も「あーやっぱり小山田くんだなあ」という感じですね。ダメな女の子が幼馴染の男の子のことを歌った曲でしょうか、Tr.5の「ゆうちゃん」なんかはサイコーのラブソングに聴こえます。

自らのスランプを歌ったTr.8の「スランプは底なし」もいいですね。ライブのMCで「これはちょっとひどい曲なんですが…」みたいなことを言っていた気がしますが、けっこう笑えます。(いや、笑っちゃいけないんだけど。)

個人的なベストトラックはTr.9の「Kapachino」かな。歌詞全文を引用したいくらいの素晴らしいロックナンバーです。

個人的にはソロ活動とALでの活動と、両方続けていってほしいなと思いますね。それぞれに魅力的だから。ALの2枚と本作で、2016年・2018年・2020年とリリースが続いているので、この調子でぜひとも元気な姿を見せ続けていってほしいですね。

The Tired Sounds of Stars of the Lid (2001)

アメリカのアンビエント/ドローンのデュオ、Stars of the Lid による2001年の6thアルバム。このデュオは Brian McBride と Adam Wiltzie により、テキサス州のオースティンにて結成されました。

CDでは2枚組、124分と長尺の作品です。サウンドのほうは…なんて説明したらいいんでしょうね? ひたすら抽象的なドローンです。繰り返される輪郭の曖昧なストリングスの音色、それに輪郭の曖昧な…何だろう…何だかわからない音色。でもそれが、すごく心地いいんですよね。2時間あるのに全然飽きません。聴いてるといつの間にか再生が終わってる感じです。

あと、曲のタイトルになんだかちょっとユーモアを感じさせますね。現代音楽の流れを汲んでいる感じがします。

ブライアン・イーノ Brian Eno の「Ambient 4: On Land」あたりにハマった人はどストライクなのではないでしょうか。名盤だと思います。

Meat Puppets Live (2002)

アメリカのロックバンド、ミート・パペッツ Meat Puppets による2002年のライブアルバム。Apple Musicでは何故か1982年と出ていますけど、正しくは2002年ですね。2000年にアルバム「Golden Lies」をリリースしたあとのライブアルバムです。この時期はKirkwood兄弟のうち、ベースのCris Kirkwoodがバンドを離れていて、代わりにベースはAndrew Duplantisが弾いています。

これ、すごくいいです。Meat Puppetsはトリオ編成で知られていますけど、この時期は4人編成なんですね。この2000年前後というのは、1996年に一度バンドが解散したあとの1999年に再結成したラインナップなんだそうです。ちなみにバンドは2002年に再び解散して、2006年に2度目の再結成をして現在に至っています。

内容は2000年のアルバム「Golden Lies」からの曲が中心です。ドラムがドカドカ入っていて、素っ頓狂なCurt Kirkwoodのヴォーカルに、意外にもテクニカルなギター。みんなでワーワー叫ぶ「Hercules」、ギターのメロディが印象的な「Push The Button」あたりが最大の見せ場でしょうか。そしてニルヴァーナ Nirvana が1994年のUnpluggedでカヴァーしたあの有名な「Oh, Me」「Lake of Fire」「Plateau」の3曲もしっかり入っています。

楽しくて勢いのあるライブアルバムを聴きたい方にぜひおすすめの一枚です。

Gráinne Hambly ‎- Between The Showers (1999)

アイルランドのアイリッシュハープ奏者、グローニャ・ハンブリー Gráinne Hambly による1999年の1stアルバム。メイヨー Mayo の方だそうです。日本のハープ奏者の方だと、名古屋の大橋志麻さんなどが影響を受けられていたと思います。

美しいですね。アイリッシュハープといったら私はまずこの人の演奏が頭に浮かびます。Eleanor Plunkett や Inis Oirr といった定番のハープチューンから、Flying to the Fleadh のような少しテクニカルな曲まで入っています。特に左手の軽快なベースラインの入った Reel の独奏などは、アイリッシュハープという楽器の魅力を存分に伝えているのではないでしょうか。ちなみに私のお気に入りはTr.10の Tosa Waltz です。

他にアルバムとしては2003年の「Golden Lights And Green Shadows」、2007年の「The Thorn Tree」、William Jacksonとの共演による2009年の「Music From Ireland & Scotland」などがあるようです。いずれも Apple Music 等の配信で聴けるので、気に入ったらチェックしてみるといいと思います。

[書評] 中井久夫コレクション 世に棲む患者 (2011)

ちくま学芸文庫から出版された、中井久夫コレクションの第1巻。これはかなりすごい本です。精神科医療のトピックについて書かれた本で、これ以上面白いものはちょっと読んだ記憶がありません。

中井久夫コレクションは続刊で「『つながり』の精神病理」「『思春期を考える』ことについて」「私の『本の世界』」と出版されていますが、第1巻のこれがいちばん面白いですね。氏の書籍はみすず書房から「中井久夫集」全11巻も出ていますが、まずは手頃なこの文庫本から入ることをおすすめします。

中井久夫先生は統合失調症の治療のパイオニアとして知られています。京都大学の医学部を卒業したのち、ウイルス研究所に勤めますが、32歳で精神科医療の世界へ転向しています。かつて「精神分裂病」と呼ばれていた統合失調症は、治療の糸口のない病気だと見なされがちだったそうですが、この天才はそうだと思わなかったわけですね。中井さんは1934年生まれですから、32歳というと1966年ごろからのことでしょうか。すごいことです。

本書はI、II、IIIの3部から成りますが、I部に「世に棲む患者」と「働く患者」という2つのエッセイが収められており、この「病むことと働くこと」をめぐった2つの論考が本書の中心となっています。1982年の「働く患者」から、以下に少し引用してみます。

「働けないこと」をめぐって、患者は慢性のおとしめを受けつづけており、そうでなくても深く傷つけられた自尊心の回復をめざして、多くの患者は無理にでも働こうとする。「ほんとうに働くことってそんなによいことと思う?」といってみると(信頼関係の前提下に)患者はこの辺りの機微を語る。

p.46-47

多くの慢性患者が、「正常人」とは、いつでも働く喜びや生き甲斐を感じ、いくら働いても疲れず、どんな人ともよい対人関係を結べ、話題につねに困らない人間であると思い込んで絶望している。これは治癒への途をはばむ余計なものである。この「超正常人」像に照らせば、いかなる人間の生も無残なものであろう。少なくとも、患者が、「正常人であること」が、そのようなお伽噺のようなものでない、あまり見栄えのしないことを知ることは、現実吟味を高める方向への一歩であろう。

p.73

労働をめぐる世間一般の圧力への疑問、そしてこの「超正常人」幻想という概念。面白いと思いませんか。

II部は統合失調症、アルコール症、妄想症、境界例、強迫症といった精神科の横断的なトピックが並びます。III部では医療と社会をめぐっていくつかのトピックが述べられていますが、最後に収められた「精神病的苦悩を宗教は救済しうるか」もかなり面白い論考です。ここから結びの言葉を引用してみましょう。

……宗教の場合はいかがであろうか。精神医学は精神科医なしにはありえないが、宗教は、生身の宗教者なしに(必ずしも僧ということではないが)ありうるのだろうか。精神医学の本を読んで治癒する人はあっても、軽症の人であろう。少なくとも精神科医が呼ばれるほどの患者の場合、いかに不完全な存在であっても生身の精神科医抜きでは治療はありえない。宗教の場合はいかがであろうか。

p.325

この問いかけで本書は閉じられているんですね。筆者の鋭い人間的洞察に富んだ、非常に面白い一冊だと思います。

【目次】

I

  • 世に棲む患者
  • 働く患者 ― リハビリテーション問題の周辺

II

  • 統合失調症をめぐって(談話)
  • 対話編「アルコール症」
  • 慢性アルコール中毒症への一接近法(要約)
  • 説き語り「妄想症」 ― 妄想と権力
  • 説き語り「境界例」
  • 説き語り「境界例」補遺
  • 説き語り「強迫症」
  • 軽症境界例

III

  • 医療における人間関係 ― 診療所医療のために
  • 医師・患者関係における陥穽 ― 医師にむかって話す
  • 医療における合意と強制
  • 精神病的苦悩を宗教は救済しうるか
  • あとがき