あらゆる物事は面白くすることができる

プロレスが面白いとは思わなかった

以前、身体を壊して数ヶ月ほど寝込んでいたとき、毎晩プロレスの中継を見ていたことがありました。私の部屋にはテレビがないので、手持ちのiPadを枕元の壁に立てかけて、動画配信の無料アプリでプロレス中継の専門チャンネルに合わせます。私はこのとき、病気でメンタルがかなりボロボロで、不安が強くて眠れないことも多かったのですが、プロレス中継を見ていると何故か心が落ち着いたのです。

プロレスを見ると心が落ち着くなんて、思い出してみると随分ヘンな話です。私は元々、スポーツにも格闘技にも特に関心がなくて、そもそも荒っぽいことは嫌いなタチです。プロレスの中継を見たきっかけは、単純にやることがなくて(というか何かをする気力というものがまったくなくて)、たまたま開いた動画配信アプリの中にプロレス中継のチャンネルがあったというだけの話でした。

プロレスに関しては、昔から少し不思議に思っていたことがありました。私の知っている漫画家やミュージシャンのうちの何人かはプロレス好きを公言していて、これが何故か表現というものにすごく真摯に向き合っている人たちだったのです。どうもプロレスの中には私がまだ理解していない何かがあるらしいぞ、と感じました。そして、体調を崩してベッドに横たわりながらプロレス中継を見るようになったとき、この疑問に対して多少なりとも答えのようなものを見つけた気がしたのです。プロレスというのは、確かに面白いのです。

「プロレスなんて台本があるんだろ、八百長じゃないか」というのは、映画に対して「こんなの作り話だろ」と言うとか、あるいは舞台を前にして「みんなただの役者じゃないか」と感じるようなものです。つまり、それはまったくの野暮ということです。私はプロレスというものについて全然詳しくないので、これはひとりの素人としての私の理解なのですが、プロレスというのはリングを通してある種の物語やキャラクターを見せるものなのです。それは感動的であったり、一見するとバカバカしいものであったりするのですが、先入観なしにこれを見てみると、実はなかなかしっかり考えられたエンターテインメントだなと感じます。

あるプロレスラーは「俺はホウキ相手にだってプロレスができる」と言ったそうです。これはすごく面白い言葉で、どんな素材であっても観客の前で面白く演じて見せるぞ、ということです。芸術の分野で活躍している人だって、こんなことはなかなか言えないでしょう。

プロレスは最強の格闘技だ、なんて言われることがあります。これもさまざまな武術と比べた客観的な強さだとか、そういう話ではないんです。その軸は「面白い」ということにあって、「プロレスは最強の格闘技だ!」と言われたときに、何もかも無視して「そうだそうだ!」と勢いだけで応じさせてしまうような、そういう魅力の話なんだと思います。

面白さを探す、面白く見せる

「どんな素材であっても観客の前で面白く演じて見せるぞ」というのは、表現というものに対して、かなり本質的なものを示唆しているような気がします。

テレビやネット上の動画を見るとき、トークが上手い人というのはいますよね。彼らが扱っている話題そのものに特別興味深い点があるのかというと、そうとは限らなくて、これは何かを「面白く話す」というひとつの技術があるということです。エッセイストが書くことだって、大抵は身の回りにあるようなごく普通の事柄で、そこに個性を加えているのはその人独特の着眼点や感じ方、言葉の選び方といったものです。

あるいは、普段は学問の世界で専門的な研究を行っている人が、一般向けにわかりやすく書いた新書を出版することがあります。これがなかなか面白い場合が多いのです。研究というのは大抵、すぐに世の中で役に立つ(簡単に言えば儲かる)という性質のものではありません。彼らも研究のためには予算を得る必要があるので、「自分の研究分野は興味深くて有用なものなのだ」ということを説得力を持って世間に表現することができるなら、それはすごく有用なスキルであるはずです。

もちろん、内容のない話を無理に飾り立ててもなんにもなりませんので、中身が伴っているというのは大前提です。中身のない話を大きな声でする人というのは確かにいます。ただ、逆に本当は他人にとって価値のある存在だったり個性的だったりする人が、周りにうまくアピールする術を持っていないために埋もれているというケースも世の中にはあるはずで、それはすごくもったいないことだと思うんです。

おそらくですが、あらゆる物事は面白くできるのではないでしょうか。世の中を見渡して「つまんないことばっかりだな」と思うのは、感受性の欠如です。何かの中に面白さを見つける、それを面白く表現できるというのはすごいことです。

それは会社でプレゼンするときに役に立つとか、そういう安いレベルの話ではないんです。こういうことが当たり前にできるようになると、人生がもっともっと楽しくなるような気がします。

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