だいたいいつも正気を失っている

私が個人的に使っている概念で、「正気に戻る」というものがあります。

これは、自分の視界を覆っていた雲がぱっと晴れたことに気づいた瞬間を指しています。雲というのは、悩み事とか心配事とか、なんとなく疲れて鈍くなったような気持ち、具体的な悩みとは言えないようなモヤモヤした気持ちとかのことです。これが晴れた状態というのは、平日に会社で働いている人なら、ぐっすり眠ったあとの土曜日の朝みたいな感覚だと言えばイメージしてもらえるかもしれません。

私が正気に戻ったときには、狭まっていた視野が元の広さに戻って、思い込みが思い込みであるという事実に気づきます。そして「なんでこんなことを思い込んでいたんだろう」と不思議に思ったりします。自分が真剣に考えていたことが実は全然重要でなかったとか、実は全然正しくなかったということに気がつきます。

中途半端な曇りの日に、雲が抜けて太陽が出たタイミングで部屋の中がスッと明るくなるのを見たことはないですか? あんな感じなんです。それまで「部屋が暗い」とは特に思っていなかったのに、急に明るくなって、部屋が暗かったという事実に気づくんですね。私はあの急に明るくなるタイミングが好きで、窓から吹き込んでくる涼しい風とか、秋の夜に聞こえてくる虫の声とかと同じで、自分を頭の中にある実在しない世界から、現実の世界に引き戻してくれます。

正気でないときに、自分が正気でないことに気づくというのは論理的に見てできません。いくら気をつけていても、いくら頭で理解していたとしてもできないんです。人間ってすごく簡単に正気を失うし、むしろ生きていたら正気を失っている状態のほうが長い気がします。仕事ばかりしていると正気を失うし、家の中でばかり過ごしていても正気を失います。

これはSNSを見れば明白ですね。政治について持論を叫ぶ人、自らの恋愛について語る人、ビジネスに邁進する人、どこに正気があるでしょう? インターネットで正気を見つけようと思ったらすごく苦労します。人間はすごく思い込みやすいし、信じやすいし、間違いやすいです。これは人類の理性の敗北だとかそういう真面目な話じゃなくて、人間ってほんとにしょうがないよね〜困ったね〜という話です。

人を正気に戻すのは、一杯のコーヒーとか散歩とか友人との会話とか、その人の性格と状況によっていろいろあります。私は酔っ払うことが幸せだとは思っていないので、なるべくシラフでいたいと感じます。できれば周りの人にも正気でいてほしいし、正気の人と会話がしたいです。

まあ、難しいんですけどね。人間ってほんとにしょうがないなって思います。

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