輝く時間は一瞬だ

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音楽にはサビがある

ポピュラー音楽において、その曲でいちばん印象的で盛り上がる部分を「サビ」と呼びます。現代ではスマホでサブスクを利用するというのがリスナーの環境として一般的で、曲に飽きたり特に感じるものがなかったりしたらすぐに別の曲に切り替えたりできるので、開始ゼロ秒でサビが始まるような楽曲の構成が増えているのだそうです。

ひとりの音楽好きとしての私の感想は「うわあ〜野暮だなあ……」というものですが、それはどうでもよくて、とにかくポップスにはサビが存在します。この「印象的で盛り上がる部分が存在する」というのは、クラシックであっても同じです。これはある程度以上の長さを持った芸術の表現にはほとんど必ず言えることで、映画にも小説にもそのような箇所は存在します。

それならば「初めから終わりまですべてサビの曲」を作ればすごく売れるような気がしますが、そういう曲は存在できません。印象的な部分は、必ず他の部分との対比として存在しているからです。

これはもっと広い視点でも同じです。ロックバンドにとって、強い印象を残す曲は速いテンポを持っている傾向があります。そこで10曲くらい入ったアルバムを制作するとき、とにかく速い曲を集めてすごく印象に残るアルバムを作ろうとすると、これはおそらく失敗します。速さも対比として感じられるものなので、速いものが均一に集められたものは速いと感じられないからです。

そこで、ミディアムテンポの曲やスローなバラードを織り交ぜることで、速い曲も引き立つような全体としてのアルバムの構成というものを考えることになります。昔から、アルバムの中で目立たない曲を「捨て曲」と呼ぶことがありますが(ひどい言葉ですね)、こうした比較的目立たない曲を高い質で作ることができるかというのは、バンドの実力を測る上でけっこう重要な指標だったりします。

楽しくないほうが普通

生きているなら、せっかくだから楽しいことがたくさん起こってほしいものですよね。自分の人生ってなんだか平凡でつまらないなあ、と感じている人は多いと思います。

苦労することが大切だとか、そういう精神論にはあんまり意味がなくて、楽しくできるなら可能な限り楽しくしたほうがいいです。ただ、この「楽しい」ということを誤解すると、絶対に存在しない理想と比較することで、自分の人生を不当に「つまらないもの」として評価してしまう危険性があります。他人の持っているものばかりを羨んで不満になることと同じく、これは避けるべき状態です。

たまに誤解されますが、いつも刺激的でクリエイティブな仕事というのは存在しません。アーティストの表現は、地道な鍛錬でたどり着いたものを地道な作業で表現するということでしかなく、満足のいく作品だってめったにできません。華やかな業界で働いている人にも、無数の面倒な事務作業と打ち合わせがあり、深夜にわたる作業や休日出勤があり、煩わしい人間関係があります。クリエイティブの分野では、最終的に世間の人が目にするのは綺麗に完成した成果物だけなので、このような泥くさい仕事は通常は意識されません。

これはより身近な人が見せる、SNSにアップされたキラキラした日常についても同じです。日常というか、あれは実際には日常ではないんです。彼らがすごく楽しそうに見えるのは、すごく楽しそうに見える一瞬だけを切り取ったからです。幼い子どもを抱えた幸せそうな姿には、毎晩繰り返される終わらない夜泣きがあるかもしれません。旅先で出会った絶景の写真だって、平日に毎日会社で地道に働いたお金があるからこそ得られたものです。

あなたの人生のサビ

自分のこれまでの人生には一度もサビがなかったな、と感じられるなら、それは確かに改善を要することかもしれません。ただ、多くの人は何か輝くような思い出を多少なりとも持っているはずです。それは単純にどこかのテーマパークに出かけたといった種類のことではなく、学園祭を盛り上げるために大切な友達と遅くまで頑張ったとか、仕事仲間とときには衝突しながらも一緒にプロジェクトをやり遂げたというような、自分で苦労して何かをしたという経験であることが多いでしょう。

こうした瞬間は少ないはずで、5年に1回だとか、10年に1回といった頻度のものかもしれません。実際、そういうものなのです。生きていると大変なことが実に多いし、こんなことやっててなんか意味あんのかな、と思うことも多いです。そんな中で一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、輝くような瞬間があります。

1日が24時間あって、1年が365日もある中、5年や10年に1回というのは、あまりにも少ないように思えます。ただ、これが30年間生きたり、50年間生きたりしたあとの場合はどうでしょう? そこにはいくつかの異なる、自分にとって本当に意味があったと感じられる瞬間が残されているはずです。

なんでもない日常に、ささやかな楽しみを見つけるということも大切です。しかし一方で、こうした大きな思い出を作るために地道に頑張るというのも、延々と続く変わり映えのない日常の持っている役割です。これは頑張った人にだけ与えられるご褒美です。

いつ得られるかもわからない、こうした輝きのために日々を歩むということができるでしょうか? もしそうしたことができるなら、あなたの中には他に代え難い貴重な何かが、ひとつふたつと増えていくはずです。

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