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表現者が持っているもの
私はかなり雑多な音楽を聴くほうなのですが、シンガーソングライターという形式には面白さを感じます。音楽には人間同士の化学反応があるので、バンドという形式も聴いていて楽しいのですが、ギターひとつと歌声だけで自分の世界を表現する彼ら彼女らは、より強く個性というものを感じさせる存在です。
考えてみると、シンガーソングライターというのは多才な人たちです。あの形式を成り立たせるためには、ひとりの人間の中に作詞、作曲、歌唱、楽器演奏という最低でも4つの独立した技術が必要なはずです。その上で、それらすべてが合わさったときに、人を惹きつける「その人にしかない何か」というものが現れている必要があります。
もっとごく一般的な、会社の中で働いている人だって、何か仕事をしようと思ったら複数の領域の知識や能力が必要になることが普通です。たとえばデザイナーであれば、人間がものを見るときの認知特性だとか、素材の知識や印刷の技術について知っているはずです。すごく頭を使う専門性の高いことをやっている人だって、社会や組織の中で働いている以上は「他人と協力して物事を進める」という人間的なスキルを必ず持っています。
さて、何か価値のある仕事を行える人というのは、複数の技術を持っているものだという話をしました。ここで注目したいのは「複数の」という点ではありません。彼らが「技術を持っている」ということ、それが今回のポイントです。
センスだけでは何もできない
私たちが感情のこもった歌を、言葉を聴くとき、剥き出しのその人そのものの存在というものに直面しているように感じます。しかし、その感動を支えているものの正体は、表現者が持っている技術です。心を揺さぶる歌声というのは、正確なピッチで、安定した声量で、明瞭な発音でできています。心を揺さぶる言葉は、おそらく書いては捨て書いては捨てという試行錯誤を繰り返した結果として出てきたものです。
センスだけで何かが表現できるということは絶対にありません。ひとりの音楽好きとしての私は、クラシックの世界でよく見られるようなテクニック至上主義には明確に反対しています。そうした音楽はもう、はっきりと面白くないんです。ポピュラー音楽の世界、たとえばパンクなどのジャンルでは顕著ですが、技術的に上手いというわけではないのに魅力溢れるミュージシャンというのはたくさん存在しています。ただ、それでも彼らの中にはある種の技術というか統一されたバランスのようなものが存在していて、それはライブのような演奏活動の繰り返しで培われているはずです。仮にパンクロッカーの人たちがめちゃくちゃやっているように見えても、本当にめちゃくちゃにやっているだけでは、あのようなものは出てくるはずがないんです。
楽譜がベースにあるクラシックのような音楽の対極として、即興演奏に醍醐味があるジャズのような音楽があります。ジャズミュージシャンというのも面白い存在です。彼らが普段から自分の音楽表現についてしっかり考え抜いていないなどということはありそうもないですが、演奏中は「考える」などという次元にはいないでしょう。出てくる音は常に新しいですが、それを支えているのは過去に存在した偉大なミュージシャンたちの演奏を聴き込んだという経験です。音楽が生まれるのがハートの中だとしても、それを外の世界に生み出せるのは「指が動く」とか「息が出る」といった物理的な動きだけです。ジャズミュージシャンがのびのびと、自由に、創造的に音楽を表現しているとき、それは「楽器を自分の思ったとおりに正確に制御できる」というその人の能力に支えられています。
音楽家に必要なのは、ハートの中にある感性だけではなく、頭の中にある知識だけでもなく、それを表現するために訓練された身体というものを含む、全体としてのその人の存在です。このような人が持っているものは、広い意味での技術だと言えます。彼らは表現のための技術を持っているのです。
もっと自由になれる
たまに外出したとき、どうしてもおもちゃを買ってほしいと主張していたり、行きたくない場所に連れて行かれそうになったりしていて、床で転がって大泣きしてる子どもを見かけることがありますね。あれはあれで全身で自由が爆発しているので面白いですが(お父さんとお母さんは大変ですね)、人間として見れば、これは不自由な状態であると言えます。
生まれたままの状態が自由だということはありません。自由というのは、頑張って獲得するものなんです。子どもは天真爛漫で自由だ、なんて言われることがありますが、あなたが子どもの頃って本当に自由でしたか? 私はそれは、かなり疑わしいことだと感じます。大人になるっていうのは、自分の力で自由を獲得するということなのではないでしょうか。
これは何か専門的な技能を身につけて仕事ができるようになるということでもそうですし、仕事でも家庭でも交友関係でも、人付き合いというのは技術でできています。自分の人生についてよく考えて、それをうまく舵取りするということにも技術が必要です。
技術を身につけると、周りの物事がうまく制御できるようになります。結果として、あなたは自分らしく生きるということができるようになります。自分らしさというものを、生まれ持ったものではなく、身につけた技術だと捉えることが大切です。
もしあなたに足りない技術があったとしても、それはこれから身につけることができます。そうすれば、あなたは自分の人生をもっと楽しくしていくことができるはずです。
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